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年が明け、いよいよ2010年がスタートしました!気持ちも新たに今年も「都心でのんびりゆったり過ごす」、そんなライフスタイルをお届けしていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします!さて、今年最初となる今回は、なんと過去にタイムスリップ!川崎市立「日本民家園」で、江戸時代に活躍していた日本の伝統的な家屋、いわゆる古民家と当時の暮らしぶりをレポートしたいと思います。
後半は川崎縦貫線のトンネル工事にお邪魔します。川崎縦貫線といえば、約1年前の2008年12月の第7回に開通間近の大師入り口をレポートしているのですが、今回はその続編。大師入り口から海方面に向かって掘り進められている、ちょっとおもしろいトンネル工事の様子をお伝えしたいと思います。
最後にはプレゼント告知もありますので、どうぞお楽しみに!

やってきたのは、古民家がたくさん建ち並ぶ、古民家野外博物館の川崎市立「日本民家園」。川崎市多摩区にある大きな公園「生田緑地」の中にある施設です。中にある、といっても日本民家園の敷地だけでも広大な広さ。ゆったり大きな古民家が20軒以上も移築されているので、のんびり1日中楽しめそうです!では、さっそく行ってみましょう!

日本民家園の中は、大きく5つのゾーンに分かれています。宿場・信越の村・関東の村・神奈川の村・東北の村。まずは入園してすぐにある宿場ゾーンの中から1軒ご紹介しましょう。こちらは「三澤家住宅」。160年も昔、1850年前後に建てられた家ということですが、実は昭和46年に日本民家園に移築されるまで現役で三澤さんという方がお住まいだったとか!

三澤さんのお宅では、幕末から大正ごろにかけて「つちや」という屋号で薬屋さんと旅籠を経営されていました。「ミセ」とある、通りに面したこの座敷で商売していたようです。また、薬などの収益をもとに農地経営もしていたとのことで、200軒ほど抱えていた小作人が稲刈りの頃には米を納めにきたといいます。米を保管しておく倉もたくさん持っていたそうですよ。

こちらは、三澤家土間にある釜戸。ここで炊飯していたんでしょうね。その隣には、馬屋。土間とはいえ家の中に馬屋があることに驚きですが、自動車もなかった当時、馬は大切な財産。馬屋が屋内にある家が大半だったようです。家族同然に寝起きを共にしたのかもしれませんね。

三澤家最大の特徴は、屋根。藁葺き、瓦屋根の家が多い中、板葺きというちょっと変わった形式を採用しています。クリ・ネズコ・ヒノキなどを板状にしたものを敷き詰め、石で重しをするだけという至って簡単な構造ですが、よほどの台風が来て石がほんの少し動く程度だそうで、案外頑丈なようです。釘打ちをしてしまうと錆びてそこから雨漏りするため、このほうがかえって長持ちするのだそうですよ。

宿場町を抜けると見えてきたのが、水車。直径3メートル半もある大きな水車が目をひきます。水車は大きく分けて、灌漑などに使われるものと動力として用いられるものの2つがあるそうですが、こちらは後者。中を覗くと、木製ながら巧妙な仕掛けの先に臼も見えます。水車を作る前は人力で行っていた米つき、粉ひき、わら打ちなどを行っていたようです。電気なしで大きな仕事をさせる知恵、現代でも学ぶところがありそうです。

日本民家園では、家屋以外の施設もいくつか移築されています。こちらは井戸。まるで時代劇のセットのよう。このほか、三重の漁村にあった農村歌舞伎の舞台「船越の舞台」や、ネズミよけの工夫が施された「沖永良部島の高倉」、多摩川の渡し船の船頭が客待ちや休憩に使った「菅の船頭小屋」など、暮らし周りで使われていた興味深い建物も見ることができます。

続いては、信越の村。トンガリ屋根が特徴的な合掌造りが並びます。豪雪地帯の信越では、雪といかにうまく付き合うかは死活問題。屋根が雪の重みで潰れないよう、こうした形状の家に発展していったわけですね。

信越の村でまずお邪魔したのは、佐々木家の住宅。長野県南佐久郡で1731年に建てられたそう!すごい!この日はたまたま床上公開がされていて、家の中にあがることができました。床上公開では、ボランティアの方々がこうやって「いろり」に火を入れるそう。家を乾燥させ、いぶすことによって建材についた虫などを追い出す効果があるといいます。やはり家は人が住んでこそ、なんですね。

家の中に入ると、奥に風呂場が!隣はトイレ。どちらもお客様用です。佐々木家は名主であったため、位の高い方々がよく宿泊したそう。当時の風呂には浴槽はなく、行水のように汗を流していたとのこと。真ん中の溝は排水するためのもののようです。トイレのほうは、今ではかえって贅沢に思える畳敷き!なかなか斬新!?

では、家族のトイレは?というと、こちら。板の真ん中をくりぬいただけの簡素な作りで、しかも囲いも何もなく丸見え。そして場所は家の外です!こちらもある意味、なかなか斬新です。

こちらは山田家住宅。同じく信越の村にある合掌造りの家です。ちょうど、雪囲いの様子が再現されていました。雪囲いは冬の間、家の周りをススキやヨシなどで囲い、雪が入ってこないようにするためのもの。秋の収穫後、刈り取った茅で雪囲いをして、春になるとこの雪囲いの茅を屋根の傷んだ部分の補修に使ったといいます。ムダのない循環!すばらしいです。

厚みだけでも30センチ以上ある、茅葺きの屋根。よく見ると、茅の1本1本がストローのようになっていますが、この構造が昔の家にはもってこいなんです。なぜならたっぷり空気を含んで断熱効果が高いから。冬は暖かく、夏は涼しいという冷暖房の役割も果たしていたんですね。また、床が高くなっているのも信越の地域の特色のひとつ。雪が多いため湿気を防ぐ役割を果たしていたといいます。トンガリ屋根の合掌造りは屋根裏にスペースができるため、そこで、農業と兼業で養蚕などを営んでいた家も多かったようです。何でも無駄なく使いこなす工夫がされていたんですね。

日本民家園の広い敷地の中には、ちゃんと食事処も用意されています。その名も「白川郷」という名のそば処です。飛騨白川郷から移築された山下家の1階で、おいしいおそばやうどん、甘味をいただくことができます。2階は収集した生活用具類が展示されているので、覗いてみると当時の暮らしが伺われて楽しいですよ!

ちなみにサッシャはこの日、山菜そばの大盛りを注文!あっつあつでおいしい~!山下家「白川郷」の外には、食事の後にうれしい甘味、みたらし団子を売っている屋台もありま~す。ご賞味あれ!
今回、施設を案内していただいたのは、日本民家園スタッフの安田徹也さんと齋藤紫保さん。ご紹介した信越の村のほか、残る村でも地域ごとに特色ある建物を見学することができます。建物ごとに案内表示があるので自分たちだけで見学して回っても充分楽しめますが、ガイドをしていただくと楽しさ倍増!訪れる際は、ボランティアスタッフの方々が園内ガイドをしてくださるサービスを毎日行っているそうなので、問い合わせてみてください。
また園内では今回の床上公開のほか、昔話し会や藍染め体験など、各種イベントも開催しています。齋藤さんお薦めは、春と秋の年2回実施する夜間ライトアップだそう。日中とはまたひと味違う幻想的な雰囲気に包まれるといいます。今春は4月17日、18日の2日間で開催予定。入園料、開園時間などと合わせて、ホームページでご確認を!
春はサクラ、秋は紅葉と、自然の移り変わりも一興で、一年を通して楽しめそうな日本民家園。家族や友人と一緒にぜひ訪れてみてくださーい!
古民家野外博物館 川崎市立「日本民家園」
川崎市多摩区枡形7-1-1
044-922-2181
http://www.city.kawasaki.jp/88/88minka/home/minka.htm
川崎市多摩区枡形7-1-1
044-922-2181
http://www.city.kawasaki.jp/88/88minka/home/minka.htm

後半は、以前お届けした川崎縦貫線の続編ということで、大師出入口から海側に向けて進むトンネル工事の様子をレポートします。通常のトンネル工事では、シールドマシンという巨大モグラのような機械を使って掘削作業をすることが多いのですが、この線では地理的事情によってトンネルの構造が特殊になってしまうことから、ちょっと変わった工法が用いられているそうなんです。

詳しいお話を、首都高速道路株式会社 神奈川建設局 川崎工事事務所長の田中眞一さんに伺いました。
「今回採用している工法は、マルチマイクロシールドトンネル(MMST)工法といって、外郭と呼ばれるトンネル外側の壁を複数の小型シールドマシンで掘削するのが特徴です。外側を掘ったあと、それらをお互いにつなぎ合わせてから、内側の土を掘り進めるという作業を行っています」

つまり、右上の白い小型シールドマシンをいくつも使って外枠を掘り、間の緑色の部分を接続してトンネルを外側から形づくっていくという方法なんですが、この工法のメリットは大きく分けて4つあるそうです。
1つ目は、大きなシールドマシンで掘る場合と比べて周辺への騒音が小さくおさえられるということ。住宅密集地ではもちろん、大型の工事ではこうした配慮はうれしいですよね。
利点の2つ目は、接続部分(小型シールドマシンの間)の間隔を広げることによって、トンネルの大きさを自由にかえられる点。地下で複雑な線形を描くトンネル工事などにも柔軟に対応できそうです。

MMST工法の利点3つ目は、シールドマシン自体が小型なため、機械や資材を地中に運び込む穴=立坑(たてこう)が小さくて済むこと。こちらが実際の立坑です。深さは約40メートル。13階建てのビルに相当する高さだとか!深~い!

利点の4つ目は、トンネル内側の掘削作業を、特殊な機械を使うことなく、バックホーなど通常の掘削機械で行えることだといいます。

そもそもなぜ、川崎縦貫線のこの場所でMMST工法を採用しているのでしょうか?田中さんによれば、トンネル用地として利用できる道幅に限りがあり、地中での道路の形状を場所ごとに複雑にかえなければならないからだそうです。具体的には、図の手前側は上下が揃った2階建てですが、奥に進むにしたがって上下線の道路が少しずつ横にずれ、最終的には一列に並ぶようになるのだとか!こうした特殊な構造のトンネル工事に、掘削自由度の高いMMST工法はピッタリ。現場によって、いろいろな工法が工夫されているんですね~。

実際に中に潜入してみました!画像左側が大師出入口付近の、上下がキレイに2階建てになっているあたり。上下線とも、トンネル幅が広いですね。向かって右側画像は、少し海側に進んで2階建てが1階建てに変化してくるあたりです。限りあるトンネル幅に上下線が並んで走るため、若干狭くなっているのがわかりますよね。車でビューンと走るとなかなか気づかない些細な違いですが、実際に造るとなるといろいろな苦労や手間がかかっているものなんですね~。

2009年3月に既に開通している大師出入口ですが、今回ご紹介のトンネル部分も平成22年度の開通を目指して着々と工事が進んでいるようです。川崎縦貫線が全て開通すると、浮島ジャンクションで東京湾アクアラインや高速湾岸線とも接続して、横浜・川崎方面と都心とのアクセスがぐんとスムーズになります。開通が待ち遠しいです!
さて、今回の『東京slow style』、いかがでしたか?
日本民家園での古民家レポート、そして川崎縦貫線のMMST工法によるトンネル工事の様子は、ナビゲーターSaschaがお届けするインターネットラジオ『東京slow style Radio』でもお楽しみいただくことができます。画像と音声を織り交ぜた楽しい番組となっています。ぜひご覧ください! そして今回も、番組から視聴者・読者のみなさまにステキなプレゼントが!ふるってご応募くださ~い!
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次回の更新は、2010年2月26日(金)です。どうぞお楽しみに! 【今月のSLOW MUSIC】Pearl / indigoの空












